IT業界への経理の転職を考えるとき、多くの方がまず迷うのは、メーカー経理とIT企業経理で仕事の中身がどう違うのかという点です。とくに大手メーカーや製造業で経理を担当している20代・30代の方は、成長業界に興味があっても、その違いが見えないと一歩を踏み出しにくいものです。
※会話は、面談でよくいただくご相談をもとに再構成しています。
メーカーで経理をしていますが、IT企業の経理は仕事の中身がどう違うのか分からなくて、一歩を踏み出せずにいます。
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そのご相談は、面談でもよくうかがいます。実は、製造業とIT系の両方で経理を経験した方の話を聞くと、違うのは難しさの量ではなく、難しさのある場所なんです。そこで、両方を見てきた方の話も交えながら整理しますね。
この記事では、メーカー経理とIT・SaaS企業経理の違いを5つの軸で整理します。あわせて、実際に製造業とIT系の両方で経理を経験した方にうかがった「IT企業の経理で本当に苦労するところ」も紹介します。年収・キャリアパス・転職タイミングまで、判断材料をまとめました。
IT・SaaS企業の経理はどんな仕事をするのか
まず、IT・SaaS企業の経理職の業務全体像を押さえておきましょう。メーカー出身者が「思っていたのと違う」と感じることが多い領域です。

スタートアップ・成長期特有の幅広い業務範囲
大手メーカーでは「売掛管理だけ」「固定資産だけ」と高度に専門化されています。一方、IT・SaaS企業では事情が異なります。1人の経理担当者が月次決算・税務・資金繰り・管理会計まで担当することも珍しくありません。
業務範囲が広いため、最初は負荷を感じる方もいます。しかし経理の全体像が見渡せるという強みがあります。CFOへのキャリアを目指す場合、この幅広い経験は大きな武器になります。
SaaS特有の売上認識・ARR管理の知識
SaaSビジネスでは、月額・年額のサブスクリプション契約が基本です。そのため、売上認識の処理がメーカーとは大きく異なります。ARR・MRR・チャーンレートといったSaaS指標の管理を、経理部門が担うこともあります。
収益認識基準への対応も求められます。複数年契約の按分処理など、最初は戸惑う部分もあるでしょう。ただし慣れると「SaaS経理ができる人材」として市場価値が格段に高まります。
経理DXが最前線で進む環境
IT企業は、自社でテクノロジーを活用することへの抵抗が低い傾向があります。そのため、freee・マネーフォワード・NetSuiteなどの導入が進んでいます。Excelの手作業よりも、自動化とデータ連携が整った環境で働けるケースが多くあります。
「システム導入を自分でリードしたい」「経理DXを経験したい」という志向がある方には、理想的な環境です。
面談現場から:IT企業の経理で、実際に苦労するのはどこか
ここからは、当社で実際にお話をうかがった方のケースを紹介します。製造業で原価計算を担当し、現在はIT系のスタートアップで経理を担っている方です。両方を内側から見ている、数少ない立場といえます。掲載にあたり、個人が特定されないよう内容を一般化しています。
在庫がない分、制度会計の論点は軽い
まず率直な比較から。メーカー経理とIT経理では、どちらが難しいのか。この問いに対する答えは明快でした。
答えは、在庫を持たない分だけ制度会計の論点は軽い、というものでした。
製造業では、原価と在庫という2つの重い論点が常につきまといます。仕掛品の評価、標準原価と実際原価の差異、棚卸資産の評価減。判断が必要な場面が多く、決算のたびに論点が立ちます。
IT系ではこれらが発生しません。制度会計としての難易度は、確かに下がります。
ただし話はここで終わりません。
最大の難所は「工数の入力」
この方が挙げたIT企業経理の最大の難所は、会計基準の話ではありませんでした。
在庫がないなら、IT企業の経理のほうが楽そうに思えるのですが。
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そう思われがちなんですが、ここが落とし穴なんです。その方がいちばん苦労していたのは、プロジェクトに関わった人の工数を入力してもらうことでした。IT企業では原価の中心が人件費なので、誰がどの案件に何時間関わったかが分からないと、採算が見えないんですよ。
原価を集めるのに、人の協力が欠かせないんですね。
メーカーであれば、在庫と原価はシステムとモノの流れで押さえられます。しかしIT企業では、原価の中心が人件費です。その人件費を案件に紐づける唯一の手段が工数入力であり、それが人の協力に依存しています。
精度が落ちると、売上そのものがアップダウンする
工数の問題は、過去の集計だけにとどまりません。今後の見込み工数を更新し続けないと、売上の計上額が揺れます。
その精度を高めることにも苦労している、という話でした。
つまりIT企業の経理は、締めた後の数字を正しく処理する仕事だけでは終わりません。現場に入力を促し、見込みを更新させ、数字の精度そのものを作りにいく仕事になります。
ここが、メーカー経理から移った人が最初に戸惑うポイントです。難易度が低いのではなく、難しさの所在が違います。
だから経理の中だけでは完結しない
この構造上、IT企業の経理は部署の外に出る必要が出てきます。この方も、実際にそう動いていました。
経理の中だけでは解決できないため、経営企画などとも連携しながら、営業の現場にも入っていっているそうです。
そして、この方はもう一つ重要な指摘をしていました。バックオフィスと事業側が噛み合わない組織では、数字の精度は上がらないという点です。
エンジニアは技術にこだわります。それ自体は健全なことです。しかし「それは儲かるのか」という視点が抜けたまま進むと、利益率が崩れます。そこを橋渡しできる人がいるかどうかで、結果が変わります。
IT・SaaS企業の経理求人で「事業部門との連携経験」が繰り返し問われるのは、この理由からです。
原価計算という同じ言葉でも、勘所が違う
もう一点、転職前に知っておきたいことがあります。製造業の原価計算とIT系の原価計算は、同じ言葉でも中身が違います。
製造業ではモノの流れを追います。IT系では人の時間を追います。使う知識は重なりますが、日々見るデータも、精度を上げるための働きかけの相手も別物です。
ちなみに、メーカーで原価計算をしてきた経験は、IT企業でも活かせますか。
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活かせますよ。ただ、日々見るデータも、精度を上げるために働きかける相手も変わります。だから面接では、原価をどう分解して見てきたかという考え方を軸に話すのがおすすめなんです。
何を追ってきたかより、どう見てきたかを伝えるんですね。
👉 あわせて読みたい:製造業の経理転職、原価計算スキルは必須?
大手メーカー経理との5つの違い
大手メーカーとIT・SaaS企業の経理の違いは、主に5つの観点で整理できます。それぞれ見ていきます。

①業務の専門化 vs 業務の広さ
大手メーカーでは部門別・機能別に業務が細分化されています。そのため「専門性を深める」環境が整っています。一方、IT企業は業務範囲が広く「横断的な経理力」が求められます。
どちらが良いというわけではありません。専門家として極めるか、経理マネージャーを目指すかによって、選択が変わります。
②数字の「重さ」がある場所の違い
前述のとおり、メーカーでは在庫と原価に論点が集中します。IT企業では工数と見込みの精度に集中します。
この違いは、必要なスキルにも直結します。メーカーでは会計基準の深い理解が効きます。IT企業では、現場を巻き込んでデータを集める力が効きます。
③決算スピードとIFRS・US GAAP対応
上場IT企業では、月次5営業日以内の早期決算が求められる場合があります。海外投資家のいるSaaS企業ではIFRS適用が必要なケースもあります。そのため、国際会計基準への理解があると転職時に大きなアドバンテージになります。
④年収水準とインセンティブ設計
IT・SaaS企業の経理は、大手メーカーと比べて固定給が同等かやや低い場合もあります。ただし、ストックオプションが付与されるケースが多くあります。
また、成果主義の評価が導入されている企業では、年齢に関係なく昇給・昇格の機会があります。
⑤キャリアパスと働き方の違い
大手メーカーでは「経理部長→財務部長→執行役員」という安定したラダーがあります。一方、IT企業では経理マネージャーからCFOへの道が、短期間で開かれることがあります。
働き方では、リモートワークやフレックス制度が充実している傾向があります。一方で変化のスピードが速く、曖昧な状況でも自走できる人材が求められます。明確な指示系統を好む方には、最初は戸惑う場面もあるでしょう。
👉 あわせて読みたい:管理会計ができる経理は転職市場でどれほど評価されるか/経理の効率化の進め方|棚卸し3ステップと脱エクセルの判断軸
IT・SaaS企業経理の年収相場
転職を検討するうえで、年収の見通しは最も気になる点です。求人票ベースの目安を整理します。
| 層 | 経験年数の目安 | 年収レンジ |
|---|---|---|
| 20代の経理担当 | 2〜4年 | 約400万円〜550万円 |
| 30代の中核担当 | 5〜10年 | 約500万円〜750万円 |
| 経理マネージャー | チーム運営の経験あり | 約700万円〜1,000万円 |
| CFO候補・管理部長 | 経営管理まで担当 | 約900万円〜1,300万円 |
※求人票ベースの目安です。企業規模・上場区分・ストックオプションの有無で上下します。
ストックオプションの考え方
上場前のスタートアップでは、入社時にストックオプションが付与されることがあります。IPOを達成した場合、大きなリターンになるケースも実在します。
ただし、あくまで期待値であり確実なリターンではありません。転職判断の際は、固定給ベースの待遇と分けて考えることが大切です。
👉 あわせて読みたい:経理の平均年収は?中央値・企業規模別の実数データ/ベンチャーvs大手、経理転職どちらが正解?
IT業界経理への転職キャリアパスと必要スキル
「転職したいが、自分のスキルで通用するか不安」という方も多いはずです。IT企業の経理が求めるスキルと、転職ルートを整理します。

大手メーカー経理が持つ「強み」を理解する
大手メーカーで積んできた経理経験は、IT企業側から見ると非常に価値があります。とくに評価される経験は次のとおりです。
- 月次・四半期・年次決算の実務経験(仕訳・財務諸表作成)
- 日本基準・IFRSの知識
- 連結決算・子会社管理の経験
- 税務申告(法人税・消費税)の実務
- 監査法人対応・内部統制(J-SOX)の経験
これらは経理のコア業務であり、業界を問わず評価されます。「メーカー経理だから評価されない」という心配は基本的に不要です。
むしろ、原価計算の経験は面接で説明の仕方を工夫すると強みになります。「モノの原価を追ってきた経験を、人の工数の原価に置き換えて活かせる」と語れると、話が具体的になります。
転職前に身につけておくと有利なスキル
IT企業経理として活躍するために、事前に習得しておくと有利なスキルがあります。
- クラウド会計ソフトの操作:freee、マネーフォワードクラウド、NetSuiteなど
- Excel・スプレッドシートの応用:ピボットテーブル、関数、簡単な自動化
- プロジェクト採算の考え方:工数×単価で原価を捉える視点
- SaaS業界知識:ARR・MRR・チャーン等の基本指標
資格面では、日商簿記2級が実質的な最低ラインです。1級・税理士科目合格・公認会計士資格があると選択肢が広がります。ただし資格がなくても、実務経験が豊富であれば十分に転職可能です。
👉 あわせて読みたい:転職前に身につけておくべき経理スキル5選/IPO準備企業の経理転職|求められるスキルと年収の変化
転職のタイミングはいつがベストか
いつ転職すべきかというタイミングの見極めも、結果に大きく影響します。
30代前半がゴールデンタイム
IT・SaaS企業の経理職への転職は、28〜34歳が最もオファーを獲得しやすい時期です。即戦力となる実務経験があり、新しい環境への適応力も高いと見られるためです。
35歳を超えると求人の絶対数は減ります。ただし、管理職・経理責任者クラスでの採用は引き続き活発です。30代後半でも、マネジメント経験があれば十分に勝負できます。
転職を検討すべきサイン
次のような状況が当てはまる方は、転職活動を本格的に検討してみてください。
- 現職で5年以上、同じ業務しか担当していない
- DXや新しいシステムの導入が遅く、成長感が薄い
- 昇給・昇格のスピードに不満がある
- 経理の全体像を身につけてCFOを目指したい
- 事業側と関わる経験を積みたい
転職活動の進め方
IT・SaaS企業への経理転職で成功するためのステップは次のとおりです。
- 自己分析と軸の整理:なぜIT業界か、どの規模・フェーズの企業かを明確にする
- 職務経歴書の磨き込み:担当業務・使用ツール・実績数値を具体的に記載する
- エージェント活用:IT・SaaS企業の経理求人に強いエージェントを使い、非公開求人にもアクセスする
- 業界研究:SaaSビジネスモデルの基礎知識を仕入れ、面接でアピールできるようにする
- 複数社並行:3〜5社を並行して選考し、内定の比較・交渉ができる状態を作る
👉 あわせて読みたい:経理の転職活動スケジュール完全版
それなら、いまの経験でIT業界の経理に移ると、年収がどのくらいになるのか知りたいです。
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たとえば経理の年収診断なら、担当範囲と保有資格から想定年収の目安が90秒でわかります。そのうえで、メーカーで積んだ経験のどこをIT企業向けに言い換えるかを一緒に整理しましょう。
まずは自分の現在地を確かめてみます。
IT・SaaS経理転職に関するよくある質問
IT企業の経理は、メーカーより楽ですか?
制度会計の論点は軽くなります。しかし工数入力の徹底や見込みの更新など、現場を動かす仕事が増えます。楽になるというより、負荷のかかる場所が変わると考えてください。
原価計算の経験は、IT企業でも活きますか?
活きます。ただし追う対象がモノから人の時間に変わります。面接では、原価をどう分解して見ていたかという考え方の部分を語ると評価につながります。
SaaSの知識がないと応募できませんか?
応募自体は可能です。ARR・MRR・チャーンといった基本指標の意味を押さえておけば、面接での会話は成立します。入社後に学ぶ前提で採用する企業も多くあります。
スタートアップとある程度成長した企業、どちらがよいですか?
ゼロから仕組みを作りたいならスタートアップ、整った環境で専門性を深めたいなら成長後の企業が向いています。前述の方のように、仕組みを作る側に価値を感じる人はスタートアップで力を発揮しやすくなります。
まとめ:難易度が低いのではなく、難しさの所在が違う
IT・SaaS企業の経理は、大手メーカーと比べて業務の幅が広く、キャリアアップも早い傾向があります。ストックオプションなど成長業界ならではの魅力もあります。
一方で、在庫がない分だけ楽になるわけではありません。本記事で紹介したとおり、工数の入力と見込みの精度という別の難所が待っています。そしてその解決には、経理の外に出て事業側を巻き込む力が必要になります。
大手メーカーで積んできた経理実務は、IT企業でも十分に評価されます。そのうえで「自分は数字を作りにいく仕事に向いているか」を一度考えてみてください。その答えが、転職後の満足度を大きく左右します。
この記事の一次情報源
- 当社(株式会社LX)が2026年に実施した、経理・財務職の転職相談面談。製造業とIT系の双方で経理を経験した方を含む。掲載にあたり氏名・企業名を伏せ、個人が特定されないよう内容を一般化しています。
- 当社が採用担当者から直接うかがった、IT・SaaS企業の経理採用要件と提示年収レンジ(2026年時点)。
- 企業会計基準委員会「収益認識に関する会計基準」https://www.asb.or.jp/jp/accounting_standards/y2020.html
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html
